【竜操教室 塾長日記】答だけ覚えるって、どうしてそういう発想になるんでしょう?

定期テスト期間に入りました。



塾長も受け持ちのクラスのテストを作問しています。



テスト範囲を発表するときに、「問題は数字を変えないでそのまま出すからね」と伝えています。



最悪、暗記ででも点数は取れるよということですが、それを間に受けて、最終的な答のみを暗記しようとする生徒が一定数居るんですよ。



そういう判断をする時点で、いろんなことに対するセンスが無いということをアピールしているようなものなんですけどね。



数学で、解法も何もすっとばして、最後の答だけを暗記することほど無駄なことはありません。



何の生産性も無いし、何の成果も出ないし。



いや、もしかすると今回のテストに限っては少しだけ成果が出るのかもしれませんが、自分の暗記への努力をたったそれだけのために使うという判断が間違っています。



どうせ答を暗記する努力をするなら、その努力は解法を暗記するところで活かして欲しいわけですよ。



答だけ覚えるのに比べて、覚える量が多すぎます!って思ってるのかもしれませんが、それがセンスの無さにつながっています。



無味乾燥の答だけの暗記は、完璧にしようと思うと、問題と答の数だけ覚えなければいけません。



お互いに何の関係性も無いからです。



でも、数学は同じ解法を使って解く問題がいくつもあります。



ひとつの解法を暗記すれば、それが他の問題でも利用できるようになるわけで、おまけに、暗記した知識というのは使えば使うほど定着していくので、どんどん解法知識が蓄積されていくことになります。



答だけ覚えていてもね~、そんなもんいつまでも暗記できるわけじゃありません。



すぐ忘れちゃうことをそれなりに時間をかけて必死で覚えるってことに、効率の悪さを感じないというところが問題なのです。



一事が万事です。



不得意教科がそんな状態であれば、得意教科でも同じような非効率が発生している可能性が高いと思いますよ。



大丈夫ですか?


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